「真由美キャプテンと麗子さんへ
素っ晴らしい求心力でしたー!! 運良く関わることが出来て幸せでした。 卒業後も新潟、日本、世界に羽ばたいてください。 またどこかで(^^)/~~~
関屋より」
・・・っていう手紙をA4の真っ白いコピー用紙にシャーペンで(それしか手元に無かったw)手紙を書いた。
あっ、夢の中で、です。
他にもあと2枚(2名分)A4のコピー用紙に書いたが、その方(部員)名前はもう忘れてしまいました。
ちなみにどっかの高校生の部活(バレーボール部?!)のボランティア??お手伝いさん??で、なぜか関わっていた私(✽ ゚д゚ ✽)
あっ、夢の中で、です。 そして2年生たちから、「関屋さん(おばはん)も書いてください」と、なんかの会の直前に(おいおい直前で渡してくれるなよぉーまっ、いいけどね)メッチャ急いで書かされた(笑)手紙でした。
しかし文面は夢の中で、短いながらも一生懸命考えた文章でした。 なんか勿体なので、ブログにした次第です。
ちなみに麗子さんとは、真由美さんのお母様でとても熱心な方でした(娘の高校ライフ、部活動にも介入してきた熱血教育ママ!しかし皆から愛される存在でした。特別顧問?!コーチだったのかな?OB?!) 謎過ぎます。 真由美キャプテンはとにかくかっこよかったな。 麗子さんはロングヘアーだったのは憶えてる。 終わり。
ちなみに学生時代はエニアグラムのエの字も知らなかったが、もし知っていたら、変な劣等感に苦しまずに済んだのになぁーとか思いますが、青春時代は劣等感も嫉妬心も含めて甘酸っぱい青春の想い出でございます。
ちなみに(2回目)私は中学はバレーボール部でしたが、今思うとバレーボールには興味がないのに、なぜ入ったのか、と今なら思いますね。 吹奏楽部とかさ(小学生のときは、吹奏楽部でエスクラリネット←クラリネットの小さいやつ を吹いてました。3年間?2年間か?) 美術部とかさ、もっとアーティスト要素になれたかもな部活、もっとあるじゃん? (アーティストになりたかったんかーーーい?!いや違うねw) なぜ、不得意な球技?! いやー、吹奏楽も小学校でよっぱら(新潟弁で、飽き飽きする、みたいな意味)になってたし、 絵や作品づくりの美術なんて、もっと興味なかったね、、、。
結局私はなにになりたいんだろう? っていうのを47になる今も考えてる私に、ちょっとため息でそう。 結局なにも満たされてない私、満たされるほど、やりきってない私。なんだな、私。 まだ何かを探し求めてる私。ルキンフォー。
せめて、1日終える時は「やり切ったー!!」、と思って眠りにつくようにしたいものだわ。 そして、卒業したい自分がいるねー。 ひとり卒業式するか! とりあえず、執着だ、執着からの卒業すると決めてしまえば良いのだ。
で、真由美さんと麗子さんって誰ですか?わたし、ほんとに知らないです。笑
と、言うわけで、
「ルキンフォー」を聴く♪
ルキンフォーの意味は「探すこと」
名曲!
↓↓↓「ルキンフォー」スピッツ