ららちゃん日記〜天然色〜

ユキコとららちゃんの日々のつぶやき

100年前の今日、おじいちゃんは産まれた。耳毛。

1920年大正9年生まれ、獅子座のおじいちゃん。生きていれば、2020年の7月31日で100歳だった。

命日よりやっぱり誕生日の方をおぼえてる。
真夏に生まれて、真冬に亡くなった。

おじいちゃんが亡くなった知らせを聞いたのは、
私が自動車学校から帰ってきた時。
今でこそこんなに泣き虫なのに、当時は感情が無のようになっていたので(学校に行けなくなった3年の夏から、私は暗黒の引きこもり時代だったので。しかし何とか車学に行ける位の回復期でした。)

知らせを聞いた時ももちろん悲しかったのだろうけど、涙が出なかった。葬儀の時でさえ、高校生だったクールな弟がすごい泣いていたのに、私は1ミリも涙は出なかった。

あの時の反動なのか?今は時々無性におじいちゃんに会いたくなって泣くよ。おじいちゃんの優しさを思い出して、笑顔を思い出して。
怒ったおじいちゃんは思い出せない。私に怒ったことは無かったんじゃないかな?っていう位。
私がおじいちゃんにイタズラしても、おじいちゃんは笑ってた。保育園のお迎えを毎日してくれた。
私の幼き記憶によると、おじいちゃんは傘の先っぽを持ち、私は傘の柄を握り、私とおじいちゃんは傘で繋がって帰った。保育園から、家まで徒歩20分くらいかな。おじいちゃんの手ではなく、傘の柄を繋いで帰った。
小学校低学年くらいまでだったかな?おじいちゃんとおばあちゃんの間で、はさまって寝ていた。

おじいちゃんの耳毛は私が成人しても、抜いてあげていた。その名残か、今はヒロッキーの耳毛を抜くのが趣味だ(笑)まだまだヒロッキーはおじいちゃんばりのふさふさの耳毛がないから、つまんない(笑)

おじいちゃんの笑い声はまだ耳に残ってる。

自動車学校、苦労して、先生に「あなたが一番心配だよ」と言われて、やっとこさ合格し(特に実技)
車を運転できるようになったのに、おじいちゃんを乗せることが出来なかったなんて(涙)

まぁ、でもおじいちゃんの心臓にとっては、私の車に乗らなかった方が幸せだったのかもしれないなー(笑)

運転人生で、何度か危ない目に遭った時、間一髪で事故らなかったときは、
「おじいちゃん〜ありがとう!」と言ってたなぁ。

今年はまだ実家に里帰りできてない。

早く帰りたいなぁ〜。

柿の種をお供えして、
おじいちゃん、おばあちゃんただいま〜って
早く言いたいなぁ〜。

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